Cafe Pamのはじまり
| ~世界中から美味しいコーヒーが集まる日本は、幸せです~ |
| Pamの始まり |
| 「お父さん、お母さんがお茶できる場所がない!」と言うのがPamの始まりです。 |
| 約24年前、千葉ニュータウンに入居した当時は喫茶店が全くなく、やっと飲めるのがファミレス。きれいに整っているけど個性がない町で、つまらない町に来てしまった、と言う後悔は先にたたず。 |
| 子供の頃から親の目を盗み、インスタントコーヒーではあるがこっそり飲むほどのコーヒー好き。 |
| その後、上京し就職、都内や近郊の喫茶店、とくに地方の温泉めぐりに立ち寄った喫茶店で飲むコーヒーは至福のひと時。 もしこの千葉ニュータウンで商売するなら喫茶店、と職場で夢想している間に、だんだんそれが「私の生きる道」という気になってしまった。 |
| そろそろ日本経済に陰りが見え始めた1997年ころ、我が職場も厳しい状況に。 これはピンチではあるがチャンスでもあると、その間、喫茶店・バーテンダースクール、都内の名だたる喫茶店めぐりと、 コーヒーの店を開くのに必要かと思われることを3年かけて準備。 |
| その間個人で営業できるスペースはないかとたびたびURに顔出ししてたら、思いがけず最寄の新しい駅「印西牧の原」前に商業施設で営業できることに。 |
| 19年勤めた団体を退職。思いが通じた、我が人生の中で数少ない両思いでした。 |
| 3年間夢想したお店の名前は、「Papa’s and Mama’s」(Pam)です。 |
| Pamのオープンまで |
| とにかく退職金の範囲でできることを、最大限の表現力でアピールしよう |
| 貸主さんの計画では、2月に計画がスタートし、その年末に営業開始とのこと。ならばと、4月に職場を退職。年末の開店に向けて店内のイメージや什器・備品の買付、メニューなど準備を進めるが肝心の建物の話がなかなか進まず、貸主さんの話が2転、3転。その間、無職状態で清貧で過ごすことに。 |
| 最終的に営業を開始できたのは、退職して2度目のお正月を迎えた2001年1月6日です。 |
| 黒船あらわる |
| 「これからの時代、特徴がなければ、すぐにダメニナルヨ~」 |
| の一声で再度営業内容の練り直し。うつうつとしている清貧状態のときに、風穴を開けてくれたのが、今じゃパムのおじちゃんと呼ばれる焙煎士。気難しがり屋のこだわり屋。 |
| コーヒー生豆を大手商社から25種仕入れ、自家焙煎事業を新たな事業に加える。 |
| これで手作りケーキ、軽食、喫茶、それと自家焙煎コーヒーの準備が整い、約2年近くかけてきた事業の始まりです。 |
| この船出が、今のカフェ・パムとなります。 |




